『 降る雪に ― (5) ― 』
コツ コツコツ −−−−
昨日の記憶を辿って 城の内廊下を歩いてゆく。
カカトの高い華奢な靴は 結構高い音をたてるものだ。
「 ・・・ いった〜〜い・・・ ああ ハイヒールは苦手だわあ〜
でも 室内履きにすればまた冷えてしまうし ・・・
う〜〜 ここは我慢ね 」
どういう照明を使っているのか 石造りに見えるこの城の内部は
どこも明るい。 壁の窪みには古風なランプが置いてあるが
どうも単なる装飾品らしい。
「 え・・・っと? こっちの回廊を曲がると 音が聞こえたはず・・・
あ・・・っとぉ 〜〜 」
慣れない長いドレスの裾に足をとられつつ進んでゆく。
「 どうしても アルベルトに会って ― 確かめなくちゃ。
・・・ 彼なら きっと気付いている はず。
あ・・・ 音が ・・・ 」
♪♪ 〜〜〜〜〜
微かに聞こえてきたピアノの音を頼りに 彼女は廊下を進んでゆく。
「 えっと・・・ そうそう こっちの角を曲がったんだわ 」
♪♪♪ ♪〜〜〜〜
妙なる調べを追って 彼女はあの広い音楽室に辿りついた。
「 ・・・ ここ ね ! え〜〜と ・・・ 」
周囲のソファにいた観客達の姿なく 中年の男性が一人、調べに耳を傾けていた。
― 中央ではピアノとヴァイオリンが 奏であっていた。
やっぱり アルベルトだわ
ねえ わたし ここよ!
タタタタ −−−− 裳裾を摘み上げ駆け寄った。
「 アルベルト! やっぱり貴方だったのね! 」
ぽん。 ピアノの音が 途切れた。
「 御客さん なにか御用ですか 」
銀髪のピアニストは 演奏の手を止め穏やかな眼差しを向けた。
「 ・・・ 御用って あなたはアルベルトでしょう?? 」
「 金髪お嬢さん。 俺はこの城の楽師です。 」
「 ― ねえ アルベルト よね? 」
「 お嬢さん。 どうして俺の名をご存知なのですか 」
薄い色の瞳は あくまで礼儀正しく控えめ ― そしてよそよそしい。
― そう 昨日と全く同じに。 同じ視線 同じ声音。
そして 同じセリフ。
「 アルベルト! 覚えているでしょう??
昨日もわたし 同じことを聞いたわ そして 貴方は同じ答えをくれた
ねえ ここは この城での生活は ― 」
思わずピアノのすぐ側まで駆け寄って 言い募ってしまった。
「 ・・・ あの ・・・? 」
ピアニスト氏は 困惑の面持ちで彼女を眺めている。
「 あ ・・・ ご ごめんなさい ・・・ 」
慌てて 数歩、下がったけれど それと共にすう〜〜〜っと
血の気が退く思いで 足が震えた。
「 あの 御客さん 気分でも悪いのですか 」
彼女のあまりな意気消沈ぶりに ピアニスト氏も驚いた様子だ。
「 あ ・・・ いえ あの。 なんでもありません
・・・ あの ・・・ わたし 貴方の演奏のファンなの ・・・
あの ・・・ 教えてくださいな。 」
「 ・・・? なんでしょうか 」
「 さっき合奏していた方 あの方は ・・・? 」
「 あのヴァイオリニストは 俺の婚約者ですが 」
「 ああ やっぱり! 」
「 ??? 」
「 ― あのう ・・・ 妙なことを聞く、と思われるでしょうけど・・・
貴方は ここで 幸せ ですか
」
「 そう 思っています 」
「 そうですか。 では ・・・ ずっとここに居たい と
願っていますか 」
「 それは ― ここは素晴らしいホールがあるし 楽器も・・・ 」
「 それに 彼女がいるから ? 」
「 ― そう です。 」
わたし ・・・
もうこれ以上は 聞けない わ
だめだ ・・・・
アルベルトも気づいていない。
今 過ごしているこの時間、 < 今日 > が
< 昨日 > と同じ・・・
ただの繰り返しだ・・・っていうことに
ここに居るひと達は 同じ日 をリピートしているんだって
彼も気づいていない ・・・
あ もしかして。
その方が幸せ なの ???
フランソワーズはそうっと座と立つと 今朝目覚めた部屋に戻って行った。
わたし ・・・?
わたしだけ なの?? 気付いているのは
大勢の人がいるけど
わたし ― ひとり。 ひとりだけ ・・・
天蓋のついた豪華な寝台に潜り込み 声をあげて泣きたい。
全てを忘れて眠りたい ・・・
だけど。
「 ― そうよ。 なぜこんなコトが起きているか
この城では 毎日 同じ日を繰り返しているって
気付いているヒトは いないの?
・・・ 003。 索敵はアンタの専門でしょう?
よ〜〜く考えてみるのよ 」
コトン。 暖炉の側の肘掛椅子に座った。
家具やら寝具、服装はなぜか20世紀初頭、 いや
19世紀っぽいのだが ― 部屋の快適さは < 現代 > なのだ。
「 どこかで 全体をコントロールしている ・・?
< あのヒト > が やっているのかしら。
う〜〜〜ん あの地下室にもう一度 訊ねたいんだけどなあ 」
にいああ 〜〜〜〜
するり、とマロン色の猫が入ってきた。
「 わ ・・・ ! ああ びっくりした〜〜〜
まあ どこから来たの? ネージュさん ・・・
ずっと どこに行っていたの 」
「 にぃ ああ〜〜〜〜 ん 」
猫は 彼女の足元にスリスリ・・・ 身体をこすりつける。
腕を差し伸べれば すぐに膝に乗った。
「 うふふ・・・ ご機嫌ちゃんね ネージュさん ・・・
ちょうどよかったわ わたし あなたの飼い主さんに会いたいの
ね? どうぞわたしを連れていってくださいな 」
「 にあ? にい。 」
猫は マスカット色の瞳でじっと彼女を見上げていたが ―
すとん。 軽快に膝から飛び降りた。
「 に ・・・ ! 」
すぐに先にたって歩き始めた。 ぴん、と尻尾を立てたまま・・・
「 まあありがとう〜〜 ご案内 宜しくね
あなたの飼い主様の元に 連れていってください 」
「 にあ ・・・ 」
お姫様みたいなドレスで裳裾を引きつつ フランソワーズは
あの地下室へ 降りていった。 猫に先導されて・・
ヴ −−−−−−− ン ・・・・
そこでは 低い機械音が続いている。
昨日と同じだ。
フランソワーズは 一瞬、ここも昨日のリピートか と
思ってしまったほどだ。
「 ― 来た かい 」
部屋の中央の暗がりから物憂げな声が響いてきた。
「 にいああ〜〜〜 」
「 ああ わかったよ ネージュ・・・ 案内 ご苦労さん 」
「 にあにあ〜〜〜 」
「 ああ ああ なにもしないよ お前さんのトモダチなんだね? 」
「 にいあ〜〜 」
「 わかったよ よしよし ・・・ おいで 」
「 に〜〜♪ 」
マロン色の猫は 咽喉を鳴らし声の主のほうへ ぴょん、と飛び込んでいった。
あ ・・・ ネージュさん ・・・
「 あ あの ・・・ 」
「 サイボーグの娘さん。 また来たね 」
「 あのう どうしてももう一回 お目にかかりたくて ・・・
伺いたいことがあって 」
「 ふん ・・・ 気付いたのかい 」
「 え っと あのぅ ・・・ 昨日、わたしの仲間達と会って
でも 全然わたしのこと、記憶にないんです。
二人とも すごく幸せそうでした・・・ 彼らの望んでいた世界で
生きていて 穏やかに笑ってて 」
「 ふうん それはよかったじゃないか 」
「 ― 二人が幸せなら・・・ あのままがいいのか と思いました。
でも 」
「 ― でも ・・・ なんだい 」
「 ・・・ でも あの 今朝 目覚めたら ―
昨日の朝と同じ でした。 まったく同じ朝が繰り返されてて ・・・
でも 誰もなんとも思ってないみたい ・・・ 」
「 ほう ・・・ そこにも気付いたのか ・・・
さすがに 感受性が強いというか ・・・ アンタは
ものすごく完成度の高いサイボーグなんだねえ 」
「 え ・・・ いえ わたしは・・・ 最新型ではありません。
生身に部分が多く ― そのう・・・ サイボーグとしては
中途半端で ・・・ 」
「 それが いいんじゃないかねえ ・・・
ああ 立ち話もナンだから こっちへおいで。 」
薄い明りの向うから あの老婆が呼んでいる。
にゃああ〜〜ん あの猫の柔らかい声も聞こえる。
「 ・・・ 」
「 ほらほら ネージュも呼んでいる。
ふふふ ・・・ 大丈夫 獲って喰ったりしないから 」
「 は はい 」
・・・ 行くわ!
このままでは 埒が開かないし。
そうよ。
後は 勇気だけ ・・・!
フランソワーズは長い裾を少し持ち上げると ― その部屋の中へ
進んで行った。
背筋をのばし 舞台の中央に出る気持ちで。
さあ 始まるわ。
暗いと思っていたが 目が慣れてみると それはかなり心地のよい空間に
なっていた。
「 ― 座ったら 」
「 ・・・ あ はい 」
向かいの大きな肘掛椅子に 老婆が埋もれるように座っていた。
「 サイボーグ003 ・・・ フランソワーズ だね 」
「 はい。 」
「 私は レナ。 今はこの城の城主 ということになっている 」
「 皆さんが ・・・ わたしの仲間たちも 城主様 って
尊敬していました。 」
「 ふん ・・・ お前さんは この地方に伝わる伝説を
知っているかい 」
「 伝説 ですか ・・・ あ 聞きました。
ヨツンヘイムの王は その冬に一番寒い日、城の門を開け
行き場のないヒトを迎え入れる って ・・・
そこはずっと春で 皆が幸せに暮らしているそうですね 」
「 ― そう ・・・ シアワセに暮らしてゆけるのさ
・・・ 永遠に ね 」
「 ・・・・ ここは その城 ・・・ですか 」
「 ここは私の父が造った、いわば要塞さ 」
「 要塞 ・・・? 」
「 そうさ。 お前さんの仲間たちは この城が崩れ去った、と
思っているだろうが ここはそんなヤワじゃない。
外に見えるところは少々壊れたが コアの部分、この地下ラボは無傷さ。 」
「 ・・・ お父上様は すごい科学者だったのですね 」
「 ああ マチガイなく ね 」
「 ・・・ 」
「 父は このラボで私の手術を完遂し 彼の夢 の基礎を築いたのさ 」
「 しゅ 手術?? どこか疾患があったのですか? 」
「 ― ああ あんたは本当になにも聞いてないんだね ・・・
私ら姉妹のことや ・・・そう 冬のカーニバルのことも 」
「 はい。 ジョーもアルベルトも ・・・ あ わたしの仲間ですが
なにも話してはくれていません 」
「 ふうん ま コトのあらましは こんなことさ 」
老婆は まるで物語の粗筋でも辿るがごとく淡々と語り始めた。
この城の持ち主は
・・・ 病弱だった自分の娘を < 健康にするため > に
養女にした < 姉娘 > の臓器を移植、
彼女は機械の身体 に替えていった。
ある冬に この城に吹雪から避難してきたオトコが二人。
この二人は 身体の一部を機械とチェンジした サイボーグだった
彼らは 城主の秘密を暴き ―
「 ・・・ ! そ そんなコトが ・・・ 」
思わず悲鳴に近い声が フランソワーズの口から漏れる。
「 ひ ひどい ・・!!! 」
「 ああ 酷い話さ。
だけど 全てが終わった後で 現実 を知ったのさ 私は。
父は私になにも話してはいなかった・・・ 」
「 !!!! 」
「 私は何も知らず < 姉 > の身体を搾取していたのさ 」
「 でも でも ・・・ 知らなかったのでしょう? 」
「 しかし 罪は罪 さ。
父は私を < 姉 > の身体に替え 姉は全身機械となって
・・・ なぜか目覚めなかったよ、 今も 」
老婆は 部屋の奥に視線を投げた。
その視線のずっと先には 半透明の細長い箱が中空に設置してある。
「 え・・・ あの そこに ・・・? 」
「 お前さんの視力でも見えないだろうが ― 姉は リンダは
あのままの姿で眠っている 」
「 ・・・ あ あの ・・・
ここに居る人々は わたしの仲間達は ・・・ どうして ? 」
ことん。
老婆は自分のカップを置いた。
「 ネージュ? ミルク 飲むかい? 」
「 にああ〜〜 」
「 よしよし・・・ ほら このソーサーで飲むといい 」
「 に・・・ ( ぴちゃ ぴちゃ ) 」
猫は美味しそうに皿を舐めている。
「 ― 猫ちゃんに 優しいんですね
」
「 ああ。 このコは 生きている からね・・・・
この城の中で 動きまわれる存在だ 」
「 生きているって ・・・ あ!
他のヒトたちは ジョー !! アルベルト !! 」
「 皆 眠っている。 幸せに ね 」
「 え??? 」
「 皆 それぞれの 幸せの夢 を 見ているよ
― コールド・スリープ の中で ね 」
「 あれは ― わたしが経験した 一日 は ― 夢 なんですか??
だってみんな 幸せそうに・・・ それぞれの時をすごしてて 」
「 皆 見たい夢 をみているからさ 」
「 ・・・ そ そんなことって ・・・
貴女が 全てをプロデュースして コントロール して・・・? 」
にいああ〜〜
いつの間にか マロン色の猫がフランソワーズの足元に寄ってきていた。
ふわふわの毛皮が 彼女の脚を温めている。
「 ・・・ ああ ネージュさん ・・・ ありがとう・・・
気持ちがいいわ 」
「 ふうん・・・ ネージュがそんなに懐くとはねえ ・・・
よほど気に入ったらしいよ 」
「 大好きなんです、猫さん ・・・
あ ・・・ このコも ・・・ そのう 夢を見て? 」
「 いや。 この城で私とこのコだけが 本当の時間 を
生きているのさ 」
「 本当の 時間 ・・? 」
「 ― この地域の伝説は 知っている、とさっき言っていたね?
冬の一番寒い日に ヨツンヘイムの城の城門が開く ・・・ 話 」
「 はい。 仲間のアルベルトから聞きました。
実際に 冬ごとに一人 二人 行方不明者が出ると 」
「 そう さ。 伝説では ね。
ハグレ者が消える ― ヨツンヘイムで永遠の命を生きる。 」
「 実際には 遭難したりクレバスに落ちたりしていたのでしょう? 」
「 さあ ・・・
現実には居場所がなくて辛い命を生きている人々が
一番寒い日に その城に呼ばれ 幸せの夢 に入ってゆくのさ。 」
「 それが ― この城 ですか ・・・ 」
トクトク トク ・・・ 老婆はカップに湯をそそぐ。
「 そう ― この城が 呼んだニンゲンだけが入れるのさ。
現世にはもう居たくない、 居場所のない ニンゲンを呼んで
一番欲しい夢 の中に入ってゆく 」
「 ・・・ 一番 欲しい 夢 ・・・? 」
「 だけど お前さんは この城に入れたのになぜか完全に眠らないんだ。
半分機械 半分ニンゲン だから か ・・・ 」
「 ・・・ 」
フランソワーズは 血が滲むほど唇を噛みしめる。
「 わかりません ・・・ わたしは 不完全なサイボーグ だから 」
「 ふん 完全 とはなにか? その判断は皆 ちがうだろうよ 」
「 ・・・ 」
「 とにかく 私は ― 伝説を借りて 幸せの夢をみる世界 を作ったのさ。
いや 元の構想は私の父で 私はそれを仕上げただけ 」
「 この城は お父上の < 世界 > ? 」
「 おそらく ね。 父の死後、残された資料を全て漁ったが
・・・ そこだけは はっきりとは記されていなかった ・・・
ただ 私を城主にして 姉に後見させる と決めていたらしい。 」
「 ・・・ あの お姉様は 眠っているのですか ずっと 」
「 起動しない。 どうしてかわからない。
ただ 姉の頭脳はちゃんと生きていて ― この城の全システムを
支えているよ 」
「 ・・・ ・・・ 」
カタン。 老婆はゆっくりと立ち上がった。
「 なぜ お前さんが城のコントロール下に入らないのか ・・・
それはわからない。 ま ・・・ 解明する必要はない。 」
「 ・・・ 」
「 お前さんも サイボーグの一人 ・・・ 現世は辛くないのか?
生きる場所は あるのかい ?
本当に 望んだ幸せの世界 が あるだろうに 」
「 ・・・ それは ・・・ 」
「 お前さん仲間たちは 望んでいた幸せ を吐露したよ 」
「 ! どうやって知ったのですか ?? 」
「 ふふん 私はテレパスなんだ。
ちょいと誘い水をかければ 彼らはたちまち本心を曝け出す。 」
「 ジョーも アルベルトも ・・・ ですか 」
「 別にそれは ごく自然なことだと思うがね
ニンゲン 誰だって隠している本心がある。
それは別に恥ずべきことではないし 卑下することもない。 」
「 誰だって・・・ 誰でも ということですか 」
「 ・・・ さあねえ ・・・
私は彼らの夢の構築に ちょいと手を貸しただけ ・・・
でも 彼らはそれで ― 幸せに 笑っているじゃないか 」
「 ・・・・ 」
ああ ああ ・・・・
わたし もうなにも言うことができない
「 ― おや 信じられないのかい 」
「 い いえ そんな ・・・ 」
「 それなら ちょいと映像を見せようか。
・・・ 今から お前さんのアタマに送るからキャッチして 」
「 ・・・ は はい ・・・ あ 」
ぱあ〜〜〜〜・・・っと。 フランソワーズの脳内にある光景が広がる。
あの城の裏庭、明るい陽射しの元、鶏が数羽のんびりエサを啄んでいる。
( ・・・ あ 昨日の庭だわ ・・・ )
タタタタ −−− ・・・ 茶髪の少年が駆けてきた。
「 おや ジョー。 お帰り 」
鶏のために菜っ葉を刻んでいた女性が 顔をあげた。
黒髪に 濃い色の瞳が印象的だ。
「 ・・・ あ ・・・ か かあさん ・・・? 」
「 なんだい ジョー。 ああ 次のパンはもうすぐ焼きあがるよ 」
「 母さん! ぼくの ・・・ 母さんだ! 」
彼は その女性の首ったまに齧り付いた。
「 わ・・・? なに ジョー ?? どうしたんだい?? 」
「 ・・・ 母さん 母さん 」
わんわんわん わ〜〜ん 足元で茶色毛の犬が吠える。
「 なにやってんだい? ほうら クビクロも笑っているよ 」
「 え? あ〜〜 クビクロだあ〜〜〜 わああ〜〜 」
彼は 今度は犬と抱き合っている。 わんこはもう大喜び・・・
「 ジョー お前 ・・・ 大丈夫かい
羊の群れを追って陽に当たりすぎたのかも・・・ 」
「 えへへへ ・・・ うわあああ〜〜〜い あはは 最高〜〜
ねえ 母さん ねえ クビクロ〜〜 あははは〜〜 」
「 さあさ 放しておくれ。 鶏に餌をやらないとね 」
「 あ ぼくがやるよ〜 あと 鶏小屋の掃除も・・・
だからさあ 母さん。 晩ご飯は 〜 」
「 はいはい ジョー、お前の好きなシチュウにしよう 」
「 わっははは〜〜〜〜ん♪ 」
ジョーは もう顔中を笑みでくしゃくしゃにし ―
じつに じつに 幸せそう〜〜に 笑っている。
「 見えたかい。 彼は この一日をリピートしているのさ。
幸せそう〜〜に 楽しそう〜〜に 微笑つつ ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ジョー ・・・
おお ジョー ・・・ ! 」
フランソワーズは 両手で顔を抑えたが その指の間から
ぽとぽとと 涙が溢れ落ちている。
幸せ なのね ・・・?
これが ジョーが望んでいた幸せ なのね
「 おやおや ・・・ この坊やがそんなに気になるかい 」
「 ・・・ ええ。 そうです、わたしは ・・・
彼が ジョーが 好きなんです! 」
フランソワーズは ほとんど叫ぶみたいに言って立ち上がった。
「 ジョーを 返してください ! 」
ぱらぱらぱら ・・・ 極上のシルクのドレスに涙が散らばる。
「 ― もう一人の仲間のことも見てみえるかい 」
「 ・・・ あ ・・・ ! 」
鮮やかな景色が アタマに流れ込んできた。
アルベルト ・・・・ !
音楽室で ピアノとヴァイオリンが供に響いている。
ポン。 ピアノの音が途絶えた。
「 ? どうしたの アルベルト 」
「 ― この手が この指が 以前と同じに動いたら・・・ 」
「 いいえ。 あなたの指はちゃんと奏でているわ 」
「 いや ・・・ こんなに冷たい音を弾いてはいなかった
俺は ・・・ この手では もうなにも弾けない 」
「 いいえ いいえ。 あなたの音は以前と少しも変わっていないわ。
それを聞くあなたのこころが 縮んでいるだけ 」
「 俺のこころが ・・?
君がいれば 俺は ― 以前のように弾けるよ 」
「 そうよ。 私達 いつも一緒よ 音楽の中で ・・・
だから私 今 見えなくても幸せなの。 」
す ・・・ 白い手が革手袋の機械の手を包みこんだ ・・・
「 どこにも行かない。 貴方と一緒よ。 アルベルト、あなたが
ピアノを奏でれば私はその音の中にいるわ 永遠に よ 」
「 ・・・ ヒルダ ・・・ 」
「 一緒よ 貴方と私。 共に生きるの、永遠に 音楽の中で 」
「 ・・・・ 」
「 お前も会うか ― 会いたいヒトに。 」
老婆は視線を外し 独り言みたいに呟く。
「 ・・・ いいえ。 」
フランソワーズは はっきりと頭を振った。
「 いいえ。 わたしを わたし達を元の世界に戻してください 」
「 おや。 幸せの夢を見て居たくないのかい?
皆 微笑んでいるよ 幸せに眠っているよ 」
「 わたし ― 欲しい幸せが あります。 今じゃなくて・・・
もっと先に。 これからつくりたい幸せが。 」
― ヴ −−−−−− ン ・・・
低い機械音だけが 響く。
老婆も 猫さえも 声をださない。
「 ― わかった。 お前さんが 眠らなかったわけが。 」
「 え ・・・? 」
「 お前さんは 未来 ( さき ) を見てるんだ。
そこに 幸せを築きたい と願っている ― だから 今に眠ることは
欲していないんだ 」
「 そう かもしれません。
わたしの仲間達も < 明日 > を望むはずです。
ただ ・・・ ちょっと幸せの夢を見ていたかっただけ ・・・ 」
コトン。 老婆は静かに立ち上がった。
「 いいこと 教えてやろう。
あの茶髪クンが想いを寄せている 水車小屋のネリー は お前さんのこと。
彼はね ぞっこんだね いつだって忘れていない。
そして 銀髪氏は 音楽がある限り彼は復活できるよ
彼は音楽の中で 恋人と逢っているからね 」
「 そうですか ・・・
わたしは ― わたし達は 明日に生きます。 」
「 ― そうか ・・・ では
「 ・・・ あ ・・・ 」
一瞬 アタマの中でなにかが弾けた気がして ―
すぐになにも わからなくなった。
にゃああ〜〜ん 猫の声が 別れを告げていた。
ド −−−−−− ン ・・・
凄まじい音で 003は覚醒した。
身体の上には雪が大量に落ちてきていた。
「 ・・ う ・・・ ここ ・・・?? 」
≪ 003!? どこだ〜〜〜 返事しろ ≫
≪ 003 現在位置を発信しろ ≫
もう 脳内にはあの二人からの通信で < いっぱい > だった。
うわ ・・・ なにこれ〜〜〜
お願い 黙って〜〜
アタマが 割れる〜〜〜
「 ここ!!!! ここにいるわ ! 」
無茶苦茶に雪を掻き退け 身体を起こした。
「「 003 !! 」」
目の前に 009 と 004 が立っていた。
「 ・・・ あ ああ ・・・ 二人とも 無事だった? 」
「 フラン〜〜〜〜 きみだけが雪に埋もれてしまって・・・
ぼくら もう必死で探してたんだよ 」
「 石床が崩れたが 俺たちはなんとか壁に引っ掛かった。 」
「 きみだけが底まで落ちちゃったんだ〜〜〜
もうさ 焦って下まで降りたんだけど 」
「 底にはかなり雪が積もっていて ― その下に 」
「 あ〜〜〜〜 でも よかった〜〜〜 もう大丈夫だよ。
ここは 攻撃してうくる様子はないし 」
「 ふん ・・・ ここは完全に廃墟だな。
なにかの拍子で 移動するシステムだけが稼働しているのだろう 」
「 うん ・・・ やっぱりあの城は 」
「 ああ 誰もいない。 ― 脱出するぞ 」
「 了解。 フラン〜〜 背負ってゆこうか 」
「 だ 大丈夫よッ ちょ ちょっと冷えただけ・・・
あの ― わたし達 ここに長時間、いたの ? 」
「 いや? 30分も経っていない。
こんなところにいつまでも居る必要はないぞ。 行こう 」
「 了解。 フラン 歩ける? 」
「 ありがと、大丈夫よ。 ― さあ。 帰りましょう 」
003は しっかりとした足取りで瓦礫の中を歩いていった。
二人とも ― 床が落ちた時に戻ったのね
幸せな夢 は 忘れちゃったのかな
― なんか ・・・ ごめんなさい。
・・・ ネージュさん
あなたの御主人さまの側にいてあげてね
皆 ごめんなさい
フランソワーズは 隣を歩いてくれる茶髪と銀髪の仲間たちに
そっと 謝った ・・・
夢の記憶は すべて消されていた。
彼女を除いて ・・・
「 さあ 戻るぞ! 003 大丈夫か 」
「 004 了解。 元気いっぱいよ! 009 どうしたの? 」
「 あ うん。 なんか さ 廃墟って淋しいねえ 」
「 雪に埋もれて自然に戻るだけだ。 行くぞ 」
「 ― この景色 ・・・忘れないわ 」
「 え なに? 」
「 ・・・ なんでもなあい〜〜 さ 帰りましょう! 」
「「 おう 」」
赤い服の三人は 里を目指し出発した。
雪は 止んでいた
**************
シュ ・・・・・ 温風がここちよく吹き降りてくる。
「 えへ ・・・ あ〜〜〜 やっぱエアコン、いいよなあ〜 」
ジョーは 猫みたいに温風口の前に陣取っている。
「 おい いい若いモノが だらしない 」
「 え〜〜 だって寒いじゃ〜〜ん 」
「 ふふふ ジョーってば寒がりなのねえ 」
「 ウン ぼく ハマっ子だから・・・
こ〜〜んなすごい雪って 初めてだもん。 」
「 じゃあ これで温まってね〜〜 どうぞ? 」
コトン コトン。 二人の前に湯気のたつカップが置かれた。
「 お? コーヒー・・・ ブランデイ入りか 」
「 ぼくのは あ ココアだあ(^^♪ 」
「 うふふ・・・お子様はココア 」
「 博士 どうぞ? 」
肘掛椅子で寛ぐ博士にも ホット・コーヒーを運んだ。
一行はベルリンまで戻ってきて ギルモア博士と合流したのだ。
博士は学会の帰りだ。
「 おお ありがとう ・・・ いい香りだ 」
「 あのう ・・・ 」
「 うん? なにかな ああ こっちにおかけ 」
「 はい。 あの ・・・ 今回のスキー・ツアーなんですけど 」
「 うん ・・・? 」
フランソワーズは 博士に全てを話した。
城のこと あの姉妹のこと そして < 夢 > のこと・・・
「 ・・・ そうか ・・・ そんなことがあったのか 」
「 ・・ はい
あの わたしのしたことは 許されますか 」
「 お前は 自分の判断に自信をもちなさい。
幸せは ― ヒトによるが ― 自分で得るものではないかな 」
「 自分で ・・・ 」
「 夢は ― 夢だけだ。 現実ではない
お前は 間違ってはいない とワシは想うよ 」
「 ありがとうございます ・・・
あら 雪 ・・? 大きな雪 ・・・ 」
窓の外には ふわり ふわり ・・・ 白いものが落ちてきている。
「 ぼたん雪 ・・・かしら ? 綺麗だけど ・・ 」
「 ん? ほう この地域には珍しいなあ 」
「 ・・・ ですねえ 」
「 雪は なあ ・・・
降る雪や 明治は遠く なりにけり
ニッポンにそんな句がある。
雪は ― なにやら感傷的になるなあ 遠い日を思いだすよ 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
フランソワーズは 次第に白くなってゆく景色をじっと眺めていた。
今も あの城ではそれぞれの冬のカーニバルが 続いているのだろうか
切ない想いに涙する日には
生きるのが とても辛い時には
ほんの少しだけ ― 思い出してもいい・・・?
あの不思議なお城のこと
あの幸せのリピートのこと
行きたい ? 行ってみたい?
ねえ あなた
************************** Fin.
******************************
Last updated : 10.12.2022.
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***************** ひと言 ***************
PC不調で なかなかアップできませんでした。
あのお話は どうしても別の終わりを用意したくて
捏造してみました。